2007年5月1日火曜日

特別名勝「兼六園」の名付け親について

加賀藩第十二代藩主前田斉広の豪華な
隠居所が完成したのは文政5年斉広は白河藩主・白河楽翁に庭園の
命名を依頼。楽翁は中国宋の時代の詩人・李格非の書いた洛陽名園記
の文中から採って、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六勝を兼備する
という意味で「兼六園」と命名した。
有料の時代になって園のパンフをいただき、沿革でその由来を見、
はじめて知る。
写真左は能登半島地震でも倒れなかった有名な「徽軫灯籠」の反対側に
ある「雁行橋」別名「亀甲橋」。昔は自由に渡れたが、いまは写真のように
柵があり、眺めるだけである。

1 件のコメント:

akatokuro さんのコメント...

兼六園の名前の由来は始めて知りました。深い名前なんですね。兼六園の周りの道具屋さんも興味深々です。金沢の近江市場も面白いところですね。「じぶ煮」が美味しかったわ。