2007年6月1日金曜日

ふれあい清掃


筒井小学校の恒例校外行事の一つ。
学期に一度はある。全学年が手分けして学区内の公園へ清掃に。
公園の近くの住民・PTAの人たちも参加して一緒に公園を清掃する行事。
私の近くの公園にも先生に引率された児童が8:45位に到着、約1時間ほどで終了。
分別して燃えないゴミは持ち帰り、あとで調べるようである。右:終了して集合このあと
児童代表が挨拶して学校へ。      お互いに有り難うございました。

2007年5月8日火曜日

兼六園(続編)

昭和2年6月鉄道省発行の「日本案内記・中部編」によると、兼六園は文政2年前田齊廣の開いたもので、洛陽名園記の「園圃之勝不能相兼者六、務宏大者少幽邃、人力勝者少蒼古、多水泉者艱眺望、兼此六者惟湖園而己」と言う句に因り命名したものである。松平楽翁筆「兼六園」の扁額は今は園内の倉庫に納めている。

2007年5月7日月曜日

熟成前?パイナップル


5月7日月曜組、パイナップル描画2回目です。
仕上げ、熟成させるときですが、描画未熟のため
未熟のまま、いただくことになりそうです。
旨味は全く判りません。栽培しましたが、未熟のまま
販売することにしました。

2007年5月3日木曜日

3枚の写真を一列に並べる


3枚の写真はどうなる?
今日のブログの補講の課題です。

2007年5月1日火曜日

特別名勝「兼六園」の名付け親について

加賀藩第十二代藩主前田斉広の豪華な
隠居所が完成したのは文政5年斉広は白河藩主・白河楽翁に庭園の
命名を依頼。楽翁は中国宋の時代の詩人・李格非の書いた洛陽名園記
の文中から採って、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六勝を兼備する
という意味で「兼六園」と命名した。
有料の時代になって園のパンフをいただき、沿革でその由来を見、
はじめて知る。
写真左は能登半島地震でも倒れなかった有名な「徽軫灯籠」の反対側に
ある「雁行橋」別名「亀甲橋」。昔は自由に渡れたが、いまは写真のように
柵があり、眺めるだけである。

2007年4月28日土曜日

金沢でのクラス会


4月26日夕刻より金沢で母校のクラス会に出席。
卒業者26名、12名が逝き、比較的元気なもの
5名のミニ集会となる。午前中兼六園を散策。
戦後期日は不明なるも今は入園料300円、
「金沢音頭に、金城麗澤百万石のお城なつかし
・・・・・」とある金城麗澤を初めて見る。


金沢遊学中は園は誰もが自由で憩いの場でした。
絵はがきでその名は知っていましたが、その場を
はじめて訪れた次第。ピントが合っていないので、
説明によると「昔芋堀藤五郎がこの沢で砂金を洗い
金洗沢と呼ばれていた。これが金沢の地名の起こり
である。」とある。少し説明すれば、芋畑で芋を掘り
この沢で芋を洗っていたら砂金が出て事で「金洗い
沢」とされた。とのことです。
有料の兼六園の中ではなく少し離れた園の外に
あり、その近くに金沢神社が金沢名発称地の
神として鎮座されておられます。

2007年4月16日月曜日

これがパイナツプルに?


16日の月曜組、末岡先生第三回目の講座、「リンゴ」の次の「パイナツプル」

の描画第一回目の日でした。これがおいしい「パイナツプル」に育つのでしょうか。

自信のない栽培画家です。次の第二回で美味しくしたいものです。

2007年4月2日月曜日

リンゴ画の完成


「ペイント倶楽部」末岡先生の特別講座2回目で「りんご」の画を完成?で終了しました。先生ありがとうございました。

2007年3月25日日曜日

24日の補習



Bloggerについての補習
小雨の中、県東大手庁舎で七名受講しました。
画像牡丹の続きです。
中国の国花のことは前々回書きましたが、
万国博中国館では牡丹デザインのピンバッヂを
販売していました。


画像は洛陽王城公園内の看板と白い牡丹です。

2007年3月20日火曜日

前回の続き

洛陽・王城公園の「牡丹まつり」での別の牡丹の紹介です。また公園の広場ではイベントが行われていました。


2007年3月17日土曜日

ブログの補習


16日夜12名が東大手庁舎でブログの補習を受けました。

個々の質問・問題点などを主として3時間もして頂きました。

その結果、やっと画像の挿入が出来ました。
牡丹の写真:中国の国花 洛陽の王城公園で撮ったもの(おりよく牡丹まつりで、5000種有るといわれている。これは岡山から贈られた「八重さくら」です。



2007年3月10日土曜日

1週間後の今日のこと


3月3日と同じく東大手庁舎で学習しています。

2007年3月3日土曜日

はじめまして

今日は三月三日県のセンターにおります。